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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)272号 判決

控訴人 原告 小島知之允

訴訟代理人 木村市太郎

被控訴人 被告 遠藤士一

訴訟代理人 杉本条太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、東京司法事務局所属公証人牧野勝が昭和二十三年九月十七日作成した第十二万八千九百八十一号金銭消費貸借証書に基く被控訴人に対する控訴人の債務は存在しないことを確認する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

証拠として、控訴代理人は、甲第一乃至第四号証第五号証の一、二、三第六号証を提出し、原審証人村田吉次郎、同小菅朝一の各証言、原審並に当審における控訴本人訊問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めると述べ、被控訴代理人は乙第一乃至第六号証を提出し、原審証人中沢享誠の証言を援用し、甲第六号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

被控訴人が昭和二十三年四月八日控訴人に対し金二十万円を利息年一割、返済期日同年七月三十日と定めて貸与し、次いで同年九月十七日右貸金につき控訴人との間に元金二十万円返済期日同月三十日、返済期日までの利息年一割、返済期限後の損害金金百円につき一日金五十銭と定める趣旨の前掲公正証書が作成されたことは当事者間に争がない。控訴人は右元金に対する返済期限後の損害金の約定は被控訴人から抑圧を受け控訴人の真意に基かないでなした旨を主張するけれども控訴人の提出援用に係る証拠によつてはこの事実を認めることができないから右主張は採用することはできない。次に控訴人は右返済期日後の損害金に関する約定は利息制限法第四条に違背し無効である旨を主張するけれども、同条は定限利息以外の利息の請求を制限することを目的とする規定であつて返済期日の損害金にはその適用を見ないものと認められるから右主張は理由がない。更に控訴人は右弁済期日後の損害金については利息制限法第五条の規定によりこれを減少すべき旨を主張するを以て案ずるに、被控訴人は右損害金に関する約定については商法施行法第百十七条により利息制限法第五条の規定は適用されない旨を主張するけれども、前示の如く右消費貸借契約は被控訴人と控訴人との間に成立したものであるところ被控訴人及び控訴人のいずれをも商人と認めるに足る証拠なく、他に右消費貸借契約を商事と認むべき資料もないから上記損害金に関する約定については商法施行法第百十七条により利息制限法第五条の規定の適用が除外される場合には当らないと解するのが相当である。しかしながら控訴人がその債務不履行により被控訴人に支払うことを要する右損害金の金額は現在の経済情勢に徴すれば必ずしも多額に過ぎるものとは認められないから控訴人の右主張もまた採用することはできない。よつて控訴人の弁済の主張につき案ずるに(一)控訴人が昭和二十三年八月二十五日被控訴人に宛て金額十万円の約束手形を振出したことは当事者間に争がないけれども、控訴人が右手形を前示消費貸借契約に基く債務の弁済に代えて振出したことについては何等の証拠もない。

仍て進んで判断するに、既存債務につき債務者が債権者に対し約束手形を振出交付したる如く、手形上の唯一の義務者が同時に実体関係上の債務者である場合においては、その手形の授受は担保の為めに為されたるものと認むべく、即ち債権者は手形債権又は既存債権の何れをも任意に選択して行使し得るものである。而して本件の場合控訴人は既存債務につき債権者たる被控訴人に対し約束手形を振出交付したものであり、正に担保のため手形の授受ありし場合である。しかしかくの如き場合と雖も債権者が債務者より振出交付を受けた約束手形を他に裏書譲渡し第三者の手中に存する場合においては、債務者に対しては先づ手形によつて支払を求めることを要し、債権者は既存債権によつて支払を求め得ない。蓋し債権者にして既存債権を自由に行使し債務者よりその支払を求め得るものとすれば、債務者は他面手形所持人よりも手形金額の支払の請求を受け、結局二重払の危険に曝されるからである。而して本件についてみるに、当審における控訴本人の供述によれば、被控訴人は控訴人より振出交付を受けた前示約束手形をその満期日前に訴外野地正男に対し裏書譲渡し、控訴人は同人より約束手形金支払請求の訴を提起されて敗訴し、該判決の確定したことを認め得る。従つてこの手形上の請求に先ち被控訴人は控訴人に対し右手形金十万円に相当する金額については、公正証書による既存債権を行使し得ず、これに基いて強制執行を為し得ざることは明かである。(されば控訴人においてこの点を理由として右手形金に相当する公正証書上の既存債権につき請求異議の訴を提起するときは、その請求は理由あることとなる。)しかしながら担保のため振出交付を受けた約束手形を受取人において満期日前に他に裏書譲渡したとしてもこれによつて既存債権は当然に消滅するものに非ずして、該手形金額が支払われ若くは受取人が裏書人として償還請求を受くる虞なき場合においてのみ既存債権は消滅するものである。然るに本件において前示約束手形金が支払われ又は受取人たる被控訴人が償還請求を受くる虞なきことは控訴人において主張並に立証せざるところであるから、控訴人の被控訴人に対する右約束手形の振出交付によつて控訴人は被控訴人に対する既存債務即ち前示消費貸借上の債務を免れたものと認め得ない。

次に(二)控訴人が昭和二十三年十一月五日被控訴人に対し金四万円を支払つたことは当事者間に争がなく、控訴人はこれを以て前示借受金の元本及び利息の一部の弁済に充てた旨を主張し、原審証人村田吉次郎、及び原審並に当審において控訴本人はいずれもこれに符合する趣旨の供述をするけれども、右供述は直に信用を措き難く、他にこの事実を認めるに足る証拠はない。むしろ成立に争のない甲第三号証、原審証人中沢享誠の供述によれば右金四万円は元本二十万円に対する昭和二十三年四月八日以降同年九月三十日まで年一割の割合による利息及び同年十月一日以降同月三十一日までの損害金の支払に充てられたものと認められるから控訴人の右元金に対する昭和二十三年十月三十一日までの利息損害金債務はこれにより消滅したものといわなければならない。また(三)被控訴人が控訴人の有体動産に対し差押をなし昭和二十三年十二月十五日これを競売に付し、その売得金十万八千四百三十八円を得たことは当事者間に争がない。而して本件においてこの弁済充当について当事者間に反対の約定がなされたと認められる証拠はないから右売得金は先ず昭和二十三年十月一日以降同年十二月十五日までの損害金四万五千円の弁済に充てられ、その残額六万三千四百三十八円は元金の弁済に充てられ、これにより控訴人の被控訴人に対する前記債務は右の限度において消滅したと認めるのを相当とする。他に控訴人において右債務が消滅したことにつき何等の主張も立証もないから控訴人の本訴請求中前示公正証書に基く債務が右の限度において消滅したことの確認を求める部分は理由があるもその余の部分は理由がないものというべく、従てこれと同趣旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十五条を適用し主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 松田二郎 判事 河合清六 判事 岡崎隆)

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